タイトルほどの内容ではないと思う...(笑
今年のエイプリルフールにアップした写真。
http://instagram.com/p/XjIsN7PHrm/
ここから 1週間「アーティスト」を気取って、 6年前のフランス滞在時の写真を適当に選んで instargam にポツポツとアップしてた。
その他は→ http://instagram.com/pinarancio#
出典:
(日常) http://flic.kr/s/aHsjsk7ucN
(Paris-Roubaix) http://flic.kr/s/aHsiTrfHkk
3月末に会ってる人なら物理的に渡航できないのは解ることだし、自身の写真がどのくらいまで虚構に耐えられるのかな、というところに興味があった。ちょうどその時期は生業が忙しくて SNS に関わってられない感じだったので、TL での不在も真実味を加えるかも? なんて思いながら。日の出の写真以外は有って無いようなキャプションにして、「今いるんです!」のアピールはなし。
写真にとって、収められた「時間」は重要なんだろうか?
デジタルにせよアナログにせよ、写し取られた画像はすでに過去のもの。リアルタイム性がある程度求められてる(担保されてる?) instagram のフィードへそっと紛れ込ませてみる。それが今現在の出来事、と思われた反応は確かにあった。
(あ、特に悪意を持ってたわけではないです。お楽しみいただけましたでしょうか? なノリ。あそこはイメージのストックというより消費の場でしょ?)
で、その反応はボクとの接点が大きくなれば、当然なくなる。「なにノスタルジーに浸ってんだろ」と思われたとしたらきっと、その写真に元々収まってる時間のことを知ってるから。または経済的事情を知ってる...
撮影者のコンテクストを見る側がどの程度持っているかで、提示されたものの見え方が大きく変わるなんて、いやー写真って面白いですね。
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